JAJT291 April   2023

 

  1.   1
  2.   2
    1.     3
    2.     検出した信号がクリーンであることを確認
    3.     AC ゼロクロス時の電流スパイクを低減
    4.     電圧ループの影響を低減
    5.     オーバーサンプリング
    6.     デューティ比フィードフォワード
    7.     AC サイクル スキップ
    8.     テスト レポート
    9.     関連コンテンツ:
    10.     参考資料

Bosheng Sun

全高調波歪み (THD) は、信号に存在する高調波歪みであり、一連の高調波周波数の実効値 (RMS) 振幅と、最初の高調波すなわち基本周波数の実効値振幅との比として定義されます。式 1 に THD を示します。

式 1. THD = V22+ V32+V42+ V1

ここで、Vn は n 次高調波の実効値、V1 は基本成分の実効値です。

電力システムでは、これらの高調波が電話の伝送干渉から導体の劣化に至るまで、さまざまな問題を引き起こす可能性があるため、THD 全体の制御が重要です。THD が小さいほど、ピーク電流が小さくなり、発熱が少なくなり、電磁放射が小さくなり、モータのコア損失も小さくなります。

THD を低減するには力率補正 (PFC) が必要です。これは、入力電力が 75W を超える AC/DC 電源で必要になります。PFC は、強制的に入力電流を入力電圧に追従させます。これにより、電子負荷が引き込む正弦波電流の波形に含まれる高調波は最小化されます。

THD の要件は、特にサーバー アプリケーションで厳しくなっています。M-CRPS (Modular Hardware System-Common Redundant Power Supply:モジュール型ハードウェア システム共通冗長電源) 仕様では、表 1 に示すように、負荷範囲全体にわたって非常に厳格な THD 要件が定義されてい ます。これは、以前の CRPS THD 仕様よりもはるかに厳しくなっています。

表 1 M-CRPS THD 仕様。出典:テキサス・インスツルメンツ
GUID-38EBB0DF-935A-4616-909E-E97025A051B5-low.png

このように厳格な THD 仕様を満たすことは、PFC 設計において大きな課題となります。従来のループ調整では十分でない可能性があるからです。この記事では、THD の低減に役立ついくつかの追加方法を提案します。

検出した信号がクリーンであることを確認

PFC コントローラは、AC 入力電圧、インダクタ電流、PFC 出力電圧を検出します。検出されたこれらの信号はクリーンである必要があります。クリーンでない場合、THD に影響を及ぼします。たとえば、AC 入力電圧信号は正弦波の電流リファレンスを生成するので、検出された信号にスパイクが発生すると、電流リファレンスの歪みが発生し、THD に影響を及ぼします。

出力電圧 (VOUT) 信号は電流リファレンスの生成には使用されませんが、VOUT にスパイクがあると、電圧ループ出力にリップルが生じ、電流ループのリファレンスに影響を及ぼして、最終的には THD に影響する可能性があります。スパイクが大きすぎると、電圧ループで非線形ゲインが発生し、THD が大幅に上昇する可能性があります。

一般的な対策の 1 つは、コントローラのセンス ピンの近くにデカップリング コンデンサを配置することです。ノイズを効果的に低減すると同時に、過度の遅延が生じないように、静電容量を注意深く選択する必要があります。デジタル無限インパルス応答フィルタを使って、検出された VOUT 信号を処理することにより、ノイズをさらに低減できます。 PFC 電圧ループは低速なので、このデジタル フィルタによる余分な遅延は許容可能です。

ただし、AC 電圧センシングの場合、デジタル フィルタを追加することは推奨しません。デジタル フィルタを追加すると、電流リファレンスに遅延が発生するためです。この場合、ファームウェアのフェーズ ロック ループ (PLL) を使用して、AC 電圧と位相が同じ正弦波信号を内部で生成し、生成した正弦波信号を使って電流リファレンスを変調できます。PLL で生成される正弦波はクリーンであるため、検出された AC 電圧に多少のノイズがあっても、電流ループの基準電圧は、やはりクリーンです。

AC ゼロクロス時の電流スパイクを低減

トーテムポール ブリッジレス PFC では、AC ゼロクロス時の電流スパイクが固有の問題です。これらのスパイクは大きすぎるため、M-CRPS THD 仕様への適合は不可能になります。筆者は、これらのスパイクの根本的な原因を分析しました。図 1 に示すように、パルス幅変調 (PWM) ソフト スタート アルゴリズムを使用すると、これらのスパイクを効果的に低減できることに注目しました。

GUID-51E9A0E1-B018-44A1-92A4-69AFCB7DF5CC-low.gif図 1 AC ゼロクロスのゲート信号タイミング。出典:テキサス・インスツルメンツ

このソリューションでは、AC ゼロクロス後に VAC が負から正のサイクルに変化すると、アクティブ スイッチ Q4 が最初は非常に小さいパルス幅でオンになり、その後、制御ループによって生成されるデューティ サイクル (D) までしだいに増加します。Q4 のソフトスタートにより、スイッチ ノードのドレイン - ソース間電圧 (VDS) が徐々にゼロまで放電されます。Q4 のソフトスタートが完了すると、同期トランジスタ Q3 がオンになり始めます。小さいパルス幅で始まり、パルス幅が 1D に達するまで徐々に増加します。Q4 のソフトスタートが完了して、Q3 のソフトスタートが開始したとき、低周波数スイッチ Q2 がオンになります。

ゼロクロス検出では、ノイズによって有害なトリガが発生する可能性があります。安全のため、半 AC サイクルの最後にすべてのスイッチをオフにしてください。これにより、わずかなデッド ゾーンが残り、入力 AC の短絡を防止します。AC の正のサイクルから負のサイクルへの遷移も同じです。図 2 ‌にテスト結果を示します。

GUID-6AE6180E-A8B1-4147-904E-4BD13C89FD93-low.gif図 2 PWM ソフトスタートなし / ありの電流波形:従来の制御方式 (a) および PWM ソフトスタートあり (b)。出典:テキサス・インスツルメンツ

電圧ループの影響を低減

ライン周波数の 2 倍のリップルが電圧ループ出力に発生して、電流リファレンス、さらには THD に影響を与える可能性があります。この周波数リップルの影響をできるだけ低減すると同時に、負荷過渡応答を犠牲にしないように、VOUT 検出信号と電圧ループの間にデジタル ノッチ (バンドストップ) フィルタを追加することができます 。このノッチ フィルタは、ライン周波数の 2 倍のリップルを効果的に減衰させますが、その一方で、負荷過渡により発生する急激な VOUT の変化など、他のすべての周波数信号を通過させることができます 。これにより、負荷過渡は影響を受けません。

その他のアプローチとしては、AC ゼロクロス発生時に VOUT を検出する方法があります。AC ゼロクロス発生時の VOUT の値、Vout_zc(t) は、その平均値と等しく、定常状態では「一定」であるため、電圧ループ制御には理想的な帰還信号です。負荷過渡に対処するには、次に示す電圧ループ制御規則を使用します。

If ((Vref – Vout(t) < Threshold)

{

Error = Vref – Vout_zc(t);

VoltageLoop_output = Gv(Error, Kp, Ki);

}

Else

{

Error = Vref – Vout(t);

VoltageLoop_output = Gv(Error, Kp_nl, Ki_nl);

}

VOUT 瞬時値の誤差が小さい場合、電圧ループ補償器 Gv には、AC ゼロクロス発生時の VOUT の値 Vout_zc(t) および小さい比例積分 (PI) ループ ゲイン Kp、Ki を使用します 。負荷過渡が発生し、VOUT 瞬時値の誤差がスレッショルドを超えた場合は、瞬時値 Vout(t) および PI ループ ゲイン Kp_nl、Ki_nl を Gv に使用して、VOUT をすばやく公称値に戻し ます。

オーバーサンプリング

PFC インダクタ電流は、各スイッチング サイクルで DC オフセットを持つのこぎり波です。その後、この電流はオペアンプなどのシグナル コンディショニング回路に送られて PFC 制御回路に適した信号に変換されます。ただし、このシグナル コンディショニング回路では、入力電流リップルを十分に減衰させることはできません。電流リップルは、引き続きアンプの出力に現れます。この信号を各スイッチング周期で 1 回のみサンプリングする場合、すべての時間の平均電流を表す完璧な固定位置は存在しません。したがって、1 つのサンプルで良好な THD を達成するのは非常に困難です。

より正確なフィードバック信号を得るには、オーバーサンプリング メカニズムを推奨します。図 3 は、各スイッチング サイクルで 8 回電流帰還信号を均等な間隔でサンプリングし、その結果を平均化して、制御ループに送信できることを示しています。このオーバーサンプリングは、電流リップルを効果的に平均化して、測定された電流信号が平均電流値に近づくようにします。また、コントローラは、信号ノイズと測定ノイズの両方について、ノイズの影響をそれほど受けなくなります。オーバーサンプリングは、電流波形の歪みを低減する最も効果的な方法の 1 つです。

GUID-4C99BD7E-D5A5-4D48-BE77-44325B7C064B-low.gif図 3 各スイッチング サイクルで 8 回のオーバーサンプリング。出典:テキサス・インスツルメンツ

デューティ比フィードフォワード

デューティ比フィードフォワード制御の基本的な考え方は、デューティ比を事前に計算しておいて、このデューティ比をフィードバック コントローラに加算することです。連続導通モードで動作する昇圧トポロジの場合、式 2 からデューティ比 (dFF) が次のように得られます。

式 2. dff = VOUT- VINVOUT

このデューティ比パターンでは、スイッチング サイクル全体の平均値が整流された入力電圧と等しくなるように、効果的にスイッチ両端に電圧が生成されます。通常の電流ループ補償器は、この計算されたデューティ比パターンを中心にして、デューティ比を変化させます。

その結果の制御方式を 図 4 に示します。式 2 を使って dFF を計算した後、その値が従来の平均電流モード制御出力 (dI) に加算されます。その後、最終的なデューティ比 (d) を使って PWM 波形を生成して PFC を制御できます。

GUID-110B9B84-EDBB-4D2A-ABE2-9EF1103B8BE7-low.gif図 4 dFF による平均電流モード制御。出典:テキサス・インスツルメンツ

デューティ サイクルの大部分はデューティ比フィードフォワードによって生成されるため、制御ループは、計算されたデューティをわずかに調整するだけです。この手法は、コントローラのループ帯域幅が限られているアプリケーションで THD を改善するのに役立ちます。

AC サイクル スキップ

一般に、軽負荷 THD の要件を満たすことは、重負荷 THD の要件よりも困難です。これは、特に M-CRPS 仕様の 5% 負荷 THD の要件について当てはまります。5% 負荷の場合以外で PFC が他のすべての THD 要件を満たしているならば、これまでに説明したすべての方法を試してしまったとしても、AC サイクル スキップ方式が役に立つ可能性があります。

AC サイクル スキップは、特別なバースト モードであると考えてください。負荷があらかじめ定義されたスレッショルドを下回ると、PFC はこのモードに移行し、負荷に応じて 1 つまたは複数の AC サイクルをスキップします。すなわち、PFC は 1 つ以上の AC サイクルの間オフになり、次の AC サイクルでオンに戻ります。ターンオンおよびターンオフは、AC ゼロクロス時に発生し、AC サイクル全体がスキップされます。PFC のターンオンおよびターンオフは、電流がゼロのときに発生するので、ストレスと電磁干渉が低減されます。AC サイクル スキップは、PWM パルスをランダムにスキップする従来の PWM パルス スキップ バースト モードとは異なります。

スキップする AC サイクルの数は負荷に反比例します。負荷が小さいほど、スキップする AC サイクルが多くなります。図 5 に、1 AC サイクルのスキップを示します。チャネル 1 は AC 電圧、チャネル 4 は AC 電流です。

GUID-309C2BC1-083D-4ED3-A4CA-D0891E149E40-low.gif図 5 軽負荷時に AC サイクルをスキップ。出典:テキサス・インスツルメンツ

PFC がオフになるときには、電流がゼロであるため THD はゼロです。PFC はターンオフ期間を補償する必要があるため、ターンオン時に大量の電力を供給しますが、これは平均値を上回っています。要するに、PFC は、中負荷で動作するか、完全にオフになるかのどちらかになります。中負荷時 の THD は軽負荷時よりもはるかに小さいので、軽負荷時の THD は低減されます。

テスト レポート

筆者は、テキサス・インスツルメンツの C2000™ マイクロコントローラで制御する 3kW トーテムポール ブリッジレス PFC [5] を使用して、この記事で説明している複数の方式を実装しました。240V‌AC‌ での THD テスト結果を 図 6 に示します。

GUID-66B80203-FDB3-43BD-A350-8ED13A247FA3-low.png図 6 THD テスト結果。出典:テキサス・インスツルメンツ

この THD は最新の M-CRPS THD 仕様を満たしているだけでなく、十分な余裕があります。これにより、ハードウェアに誤差があっても、量産時に PFC が仕様を満たすことが保証されます。

参考資料

  1. The Open Compute Project. (発行年記載なし)可能性を広げる。2023 年 4 月 10 日アクセス。
  2. Sun, Bosheng. 『トーテムポール PFC で AC ゼロクロス時の電流スパイクを低減する方法』テキサス・インスツルメンツ Analog Design Journal、文献番号 SLYT650、2015 年第 4 四半期。
  3. Van de Sype, D.M., Koen De Gusseme, A.P.M. Van den Bossche, and J.A. Melkebeek. 『デジタル制御昇圧 PFC コンバータのデューティ比フィードフォワード』IEEE Transactions on Industrial Electronics 52, no. 1 (2005 年 2 月)、pp. 108~115。
  4. Sun, Bosheng.『AC サイクル スキップで PFC の軽負荷効率を改善』テキサス・インスツルメンツ Analog Design Journal、文献番号 SLYT585、2014 年第 3 四半期。
  5. テキサス・インスツルメンツ (発行年記載なし)『最大 16A の入力に対応し、180W/in3 (10.98W/立方 cm) を上回る電力密度を達成する、3kW の単相トーテム ポール ブリッジレス PFC のリファレンス デザイン』テキサス・インスツルメンツのリファレンス デザイン No. PMP23069。2023 年 4 月 10 日アクセス。

過去の EDN.com で公開された記事です。